悪魔の誘惑

そこに悪魔がいるとしよう。大悪魔の下に、小悪魔が群がっている。

小悪魔たちは、人を落ち込ませたり、嘆かせたり、争わせたり、堕落させたり、そういうことをすると大悪魔から褒められる。 小悪魔たちは褒められて喜ぶ無邪気な連中だ。また、大悪魔からたまに褒美がでる。それがとても美味しくて、彼らはそれを食べるたびに身体が大きくなる。彼らは、自分もいずれあの大悪魔のように大きくなろうと頑張るのだ。

さて、とある若者が、ある小悪魔の標的に選ばれた。小悪魔は色々と試してみた。小石につまづかせたり、水たまりで彼の靴を濡らしてみたり、ちょっとした風邪をひかせてみたり。しかし、若者は血気盛んで、たいていのことではやる気を削がれない。小さな不運が起こっても、翌日になれば、けろっとしているのだ。

小悪魔は、少し悔しくなって、大悪魔のところに、アドバイスをもらいに行った。すると大悪魔は「ひとつ、これを彼の前に置いてやれ。」そう言って、何かを小悪魔に手渡した。小悪魔は、言われた通りにそれを、気付かれないように彼の近くに、そっと置いた。若者は、何か気配を感じて後ろを向いた。誰もいないが、何かが置いてある。すると、その目の前のものから、目が離せなくなった。そして、その日の若者は、ずーっとその近くにいた。さて、翌日もそうだった。その次の日も。若者は、寝食を忘れて、その不思議な何かに時間を費やした。そして、日に日に、若者から血気は失われていった。

小悪魔は、以前彼に試みたことを、もう一度やってみることにした。若者は、小石につまづいて転んだ。イライラしているようで、その小石を蹴飛ばした。すると壁に跳ね返った小石が、彼の目に当たり、さらに怒りがあらわになった。小悪魔は小石以外にも、色々と試す予定ではあったもののもはやその必要はなかった。

精気を失った若者は、小石につまづかせたことだけで、一気に崩壊していった。まず、こけて擦りむいた傷に、かさぶたが出来始めていたのに、彼はイライラしてなんども引っ掻いていた。すると傷は治らないどころかある時ばい菌が入ってしまい、傷があった足が、壊死してしまった。彼は、自分の壊死した足が恥ずかしくなり、外に出なくなった。そして、若者は、ただただ嘆き続けた。また、小悪魔が置いた何かに、ただひたすら依存し続けた。苦しさを感じるたびに、依存を強めた。

大悪魔は、その若者を標的にしたこの小悪魔を、褒めに褒めた。小悪魔はたくさんの褒美を与えられ、どんどん身体が大きくなった。ある時、小悪魔は気がつく。あの若者から、ふわふわとした白い煙が出ていて、それが、若者が依存しているその何かの中に吸い込まれている様子が見えたのだ。その煙は、小悪魔たちの大好物である大悪魔からの褒美と、まったく一緒だった。小悪魔は、若者の近くに座り込むと、その煙を食べ続けた。何日もしないうちに、小悪魔は大悪魔と肩を並べるほど大きくなった。ただ、若者が煙を出し尽くしたので、小悪魔は標的を変えることにした。さて、若者はもはや嘆く力すらなくなっていた。