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自律録

二歩目の問題。継続は力なり?

一歩目の次は二歩目?本当にそうだろうか。後付けされていく理由たちは、いつも二歩目に関して強制的な意味をもたせようとしてくるものだが、正直、そんな意味など知ったこっちゃない。

たとえば、散歩の途中にパン屋を見つけてふと立ち寄ってみる。いい匂いがする。食欲がそそられる。パンを選んでみる。クロワッサンが食べたいと思った。しかし、どうやらクロワッサンはおいていない。すると、無性にクロワッサンが食べたくなってきた。あの食感とバターの風味が恋しくなる。別のパン屋さんに行こうか迷う。しかし、せっかく見つけたパン屋さんだと思い直す。結局、小さなフランスパンを買って、歩きながら食べた。とても美味しい。おなかは満たされた。すると、あんなに思い悩ましていたクロワッサンのことなど、散歩の途中に忘れてしまっていた。

日常の些細なことであれば、こんな感じで、後から思い出すこともないほどに、ちょっとした思い込みは風に流されていく。しかしなぜだか、少しでも自分自身の内面に関わってくると、それだけで深刻化する可能性がある。

たとえば、普段の生活に慣れて、時間に余裕ができたので、習い事をはじめてみることにする。まずは、何をしようか、というところだ。フランス語、ピアノ、水泳、歌、絵画などなど候補は沢山ある。最初はどれにしようか、好奇心と、少しの不安をもって想像を広げていく。「よし、そうだ。子供の頃にピアノをしていたのだ。もう一度挑戦してみよう。あの音色が懐かしい。」そうして、ピアノ教室を探す。家の近くには見当たらない。隣町にあることは分かったが、往復で二時間もかかる。「しかし、ピアノがしたい。せっかくここまで調べたのだ。ここに通うことにしよう。」

それから数週間。せっかくできた時間の余裕は、往復のそれで費やされてしまっていた。すると、しっかりと練習などできる時間などなくて、結局、教室では情けなくなるだけ。やめるかどうか迷う。「しかし、一度始めたことだ。続けなくては、もったいない。さあ、頑張ろう。」それから数ヶ月。あいにく、才能にも恵まれておらず、さほど上達しない日々が続いた。ほとんど練習していないのだから当然だ。そして内実、だんだんと嫌になっていたが、「継続」という言葉に呪われるかのように、時間と月謝がそこに注がれていった。結局、嫌々であるから、次第に休みがちになっていき、「継続」から逃げるようにそこを去ることになる。

それから、日々の生活では、あの逃避を引きずるようになって、新たな挑戦への意欲すら削がれているような状態が続いた。時間の余裕は取り戻したが、もはや、心に余裕は無くなっていた。最初はただ、何か新しいことに挑戦しようと、わくわくを胸に、はじめたことなのに、「継続」の呪いにかかって、自分を見失ってしまったのだ。

さて、継続の価値は、思い込みによる満足であることが少なくない。承認や自信は、確かに心地いいが、だからなんだという話でもある。はたして、それは常に自分の感覚よりも大切なことなのであろうか。

ものごとは、変化する。感情も、変化する。新しいものは、古くなる。劣化したからといって、それは当然だ。だから、悲しみや嘆きも生ずるとすれば当然だ。疑問に思うなら、それもそれで成り行きだ。また、古くなったからといって劣化するとは限らない。古さは時として味に変わる。だから、時間が喜びをつくることもある。だから、「継続」は変化の中にあって、ただ続いていたものという意味が適当な気がする。そこには、執着ではなくて、純粋に枯れることのなかった好奇心と喜びがある。だから本来は、とても喜びに満ちた言葉のはずなのだ。確かに、苦しいこともあろうが、そんなことが気にならないほどに、そこに生きている実感を強く感じているからこそ、それは続いていく気がする。

二歩目の問題は、常識や諺の中にはない。「継続は力なり」の響きは素晴らしい。ただ、それはあまりにも一般化されすぎているように思う。

心の風向きが方向を決める。川の流れの強さが、歩みを推し進める。いつか終わる漂流に、人は意味をつける。意味は後から付けられる。できればなるべくよいものを?よいとは一体なんであろうか。それはなかなか分からない。それなら、できればなるべく素直なものを。