決定は、今にしかない。

未来の自分は、当然、今の自分ではない。通常、今の自分は未来の自分に対して、何らかの決定を下すことが出来るように、そう思う節があるが、それは正しくない。

常に、決定する力は、今の自分にしかない。するか、しないか。その決断は今にしかない。契約という言葉には、未来を支配しようと企む愚かさが、どうも隠れているのかもしれない。何人も、誰かを支配することはできない。それは、未来の自分でさえ。決定の自由は、最後まで現在の当人にあるからだ。

支配者気取りよ。気づいていないふりをしようとも、いずれ、現在の自分の決定意思以外の全ては、手中に無かったということに、向き合うときがやってこよう。

やれることは 、今と向き合うこと。最善の存在を想定して、その現実化を試行錯誤し続けること。未来とは、確かに今と繋がっているが、その関係性は従属ではない。ただの連鎖だ。鎖の一つを疎かにすれば、全てに波及する。後先の鎖について、とやかく言っていたとしても、それは力の及ぶ範囲にはない。ただ、目の前の輪について、自らの最大限を尽くそうと生きるのみである。